ブログ

ブログ

Adolf_Eichmann_at_Trial1961

 4月11日。今日は、アイヒマンの裁判が始まった日です。

 戦争という特殊な環境下における恐ろしさをアイヒマンの裁判が教えてくれます。

 アドルフ・オットー・アイヒマン、ドイツ親衛隊の隊員。最終階級は親衛隊中佐。ドイツのナチス政権によるホロコーストに関与し、数百万の人々を強制収容所へ移送する指揮的役割を担った人物です。

 戦後はアルゼンチンで逃亡生活をしていましたが、1960年にイスラエル諜報特務庁によってイスラエルに連行されました。1961年4月11日人道に対する罪や戦争犯罪の責任などを問われて裁判がはじまり、同年12月に有罪・死刑判決、翌年5月に絞首刑となりました。

 イスラエル警察の尋問から見えてくるアイヒマンの人間像は、自身にはイデオロギーにはまったく興味がなく、自身の経歴のコンプレックスから、組織の中で上官に認められようとした努力が、このような結果を招いたものと考えられ、実は普通の人ではなかったのかと言われています。

 ちなみに、イスラエル警察の尋問でアイヒマンは次のような発言をしています。

「あの当時は『お前の父親は裏切り者だ』と言われれば、実の父親であっても殺したでしょう。私は当時、命令に忠実に従い、それを忠実に実行することに、何というべきか、精神的な満足感を見出していたのです。命令された内容はなんであれ、です。」

「連合軍がドイツの都市を空爆して女子供や老人を虐殺したのと同じです。部下は(一般市民虐殺の命令でも)命令を実行します。もちろん、それを拒んで自殺する自由はありますが。」

「戦争中には、たった一つしか責任は問われません。命令に従う責任ということです。もし命令に背けば軍法会議にかけられます。そういう中で命令に従う以外には何もできなかったし、自らの誓いによっても縛られていたのです。」

「私の罪は従順だったことです。」

 このことから、アイヒマンをはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物ではなかったのではないか?普通の市民であっても一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すのではないか?という指摘がなされるようになりました。

 処刑後、アイヒマンはいかなる服従の心理に基づいて動いたのかそれが学者の研究対象となり、役者の演技によって擬似的に作り出された権威の下にどれ程の服従を人間は見せるのかが実験で試され、これを「アイヒマンテスト(ミルグラム実験)」と呼ぶようになっています。